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| 平沼淑郎 ( ひらぬま よしろう ) |
大隈公銅像前にて。 前列中央ステッキを持っている人物が当時、早稲田大学教授だった平沼淑郎 ( 平沼赳夫の曾祖父 ) 津山市の生まれ。1923年より約15年にわたり早稲田大学商学部長として学部の充実に貢献した。商学部校舎の1階に、朝倉文夫作の胸像がある。平沼の学徳を慕う商学部卒業生により寄贈されたもので、その逝去にあたり会津八一が追慕した「言念君子、温其如玉( ここに君子をおもえば温としてそれ玉のごとし )」の風貌を漂われている。また、第3代学長として、早稲田騒動直後の対立・抗争の収拾にあたった。学外では、社会経済史学の全国的組織「社会経済史学会」の創設にあたり初代代表理事となって活躍した。 |
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